怪文書
「当事者」は辞職を表明しているそうです。なんともお粗末な展開。今回の出来事は既に新聞紙上でも指摘されているように,「民主党の大失態」です。もちろん(「残念ながら」?)「当事者」は武部・自民党幹事長ではなく,永田・民主党代議士のこと。
永田氏は,まさかメール(のコピー)さえあれば疑惑を追及できるとでも思っていたんでしょうか。あんなものはいくらでも偽造可能です。某フリージャーナリストを経て入手した「怪文書」を片手に,一石を投じたのはいいのですが,その「証拠品」をさらに裏付けるものが全く「準備」されていなかった始末です。「怪文書」を提示した後の展開や影響などを,全く想定していなかったといわざるを得ません(民主党は存在を主張しているが,内容など実際に把握している者しか知りえない情報を公開しない限り,「ガセ」「空論」などと指摘されても仕方ない)。
それに続く民主党の主張,これまた全く理解できません。「ネタは持ってる。国政調査権の発動に応じるなら公表する」・・。唱えている側,これが論理的に破綻していること,自覚できてないんでしょうか。「証拠はある。捜査・摘発するなら教える」というモノですよ。逆でしょうが(笑)。
確かに今回の騒動,「メールの真贋性」と「金銭授受の有無」は別問題です。民主党は現在,金銭授受の事実解明を求め,前者より後者に問題の重要性を置いています。実際,民主党の某議員は「カネもらっていることの方が,より重大問題なんだから,メールの真贋(ホリエモンが書いたか否か」は二の次」みたいなことを発言してました。
しかしこの2つ,全く別モノという訳でもないでしょう。「証拠物件としての真贋性」も必要でしょう。仮に「そういう事実があった」ならば,それを裏付けるものの信憑性が重要になってくるのは,当然のことです。「中身」だけにこだわって,その「手段」を適当にしてしまったなら,ある意味どうにでも「でっち上げる」ことさえ可能になります。何かの出来事・事件について,証拠物件を事後的に作り上げることとを可能にさせてしまう論理ともいえるでしょう。
もう少し「資料の扱い」には注意してもらいたいものです。「紙媒体となっているなら何でも可」という訳じゃないんですよ,このご時勢。


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