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August 21, 2006

忠魂碑

 実家近くの支所(今は「コミュニティセンター」というらしい)の敷地内に,忠魂碑があります。小学生の頃,毎年初夏に催されていた「構内写生大会」の場として,学校から徒歩20~30分に位置するこの支所がよく選ばれていました。描く対象は敷地内のものであれば何でも可という条件です。そして5年生の時,知り合いの女の子が,敷地内隅に建っている「忠魂碑」を描いて,優秀賞(のようなもの)を描いていました。
 この選定の背景には,もちろん政治的なものはありません。単に絵が上手く,構図・配色など申し分のない秀作だったからです。この忠魂碑,小さい頃からここを遊び場の一つとしていた私にとって,その存在は周知のモノでした。しかし刻まれた文字など読んだこともなく,それまで「登るのに面白い遊び場」の一つでしかなかったその石碑の実態を,その写生大会を契機に始めて知ったものです。
 忠魂碑は読んで字の如く,戦没者の慰霊を目的に建てられたものです。刻まれた内容を読んでみると,太平洋戦争期に徴兵された人々が大半のようですが,碑文によっては「明治二十七八年戦役」(日清戦争)や「明治三十七八年戦役」(日露戦争),「満州事変」に限定されている物も存在します。
 この忠魂碑を思い出したのは,先日の靖国論争の中で「戦没者の追悼」が声高に指摘されていた最中でした。あの文脈からするならば,やや乱暴な構造ではありますが,靖国神社と「忠魂碑」は,とりあえずは仲間といえそうです。
 ところでこの「忠魂碑」,宗教的存在なのでしょうか?あるいはより限定して,神道のものなのでしょうか。

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Comments

 忠魂碑の言葉懐かしいですね、私にも似た思い出があります、今もその碑は残っていますか。
 忠魂碑は宗教的なものでなく、地方のモニュメントで町や市が管轄していたと思います、地方の具体的な思い出や出来事を伝える意味で、この様な施設が有っても良いと思いますが如何。
 

Posted by: yusaku | August 29, 2006 at 10:19 AM

>yusaku様

 こんにちは。ご訪問ありがとうございます。付近一帯の工事などの噂は耳にしていませんので,現在でも同一箇所に残っていると思います。

 実は個人的見解として,忠魂碑自体はその名からして「宗教的存在」ではないだろうと思っていました。しかし,だとするならば靖国が「神社」とされた,もしくは「神社」でなければならない根拠は,今一度不明瞭のような気がします。
 確かに故人に対する様々な儀式・儀礼行為は宗教的要素を伴いやすいため,「慰霊施設」と「慰霊行為」両者間に非宗教という基準での線引きは難しいでしょう。しかしこの場合は対象と要素が特殊だけに,特に注意すべきではないかと思います。
 追悼施設に関してはご指摘の通り,国・地方いずれのレベルにおいても存在して然るべきと考えています。ただし靖国のように「限定した存在」などではなく,被災者なども含めた「戦争被害者全般」も対象としたものが必要でしょう。
 なお,いささか矛盾に見えるかもしれませんが,私としては「靖国」の存在そのものは否定していません。「靖国によって奉られたい/奉りたい方々は,どうぞご自由に」です。「奉られたいい/奉りたい」自由は当然保障される分,「奉られたくない/奉りたくない」行為も保障されねばなりません。「戦争被害者慰霊=靖国のみ」という構造が問題,というのが私の考えです。

Posted by: せのはっち | August 31, 2006 at 07:39 PM

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