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July 28, 2006

週末

明日までに仕上げなければならない原稿があるのに,ようやく半分。久々にピンチ。
って,こんなこと書いているうちにも進めればいいのに。

ということで,よく分からんまま,金剛山電気鉄道の時刻表(謎)。
↓1932年7月現在
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July 23, 2006

誕生日

 実は21日の夜に,私の誕生会も兼ねて,学校で友人・後輩といっしょにパーティーしました(今回学位取って修了する友人の「お祝い」もあった)。

 その中で登場したケーキ,チョコのプレートには↓のような文字が。「위대한 오빠에게」,直訳すると「偉大なオッパ(年上♂に対する親しみ込めた呼称。「お兄さん」と訳されるけど,親族だけに用いられるものではないので,この訳語は「△」)」。
 こんなメッセージが突如として現れたことよりも,このメッセージを実際に書いてくれたケーキ屋さんの努力(おそらく韓国語書くのなんて初めてでしょう)の方に感動(?)しました(笑)。かむさはむにだ。

↓韓国語フォントも対応可(ノ○ル?)
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July 22, 2006

巨椋池(をぐらいけ)

 古文や古語辞典に必ず登場します。

 をぐらいけ【巨椋池】
 [地名](「椋池」「小倉池」とも書く)山城国の池。今の京都市伏見区淀町付近にあった湖沼。宇治川・木津川・桂川の合流地点に位置し,古くは淀津や宇治津などの港のある河川交通の拠点であった。
(三省堂「詳説古語辞典」)

 国語便覧や古語辞典に掲載されている地図を見ると,京都の南方に湖が描かれています。複数の河川の合流地点に位置し,湖岸が浅瀬であることが記されていることから,かなり水深の浅い湖沼であったことをうかがわせます(1932年の地図では水深1.7m)。ですが現在の地図を見ると,京都の南部にはそのような湖は存在しません。京都の方なら実情をご存知でしょうが,個人的には高校の時以来,これが長らく気になってました(なので,京都語存知の方は以下つまらん内容)。

 京大から京都南インターへ向かうのに,単純な順路としては「東大路→五条→国1」があります。国道1号に入れば後は自動的にインターまで至るのですが,途中堀川五条(左折)と九条油小路(右折),京阪国道口(左折)で曲がらなければなりません(実は東大路を五条で直進すると,そのまま京阪国道口に通じるが)。
 ところが九条油小路を右折せず,そのまま直進(油小路通)すると,ひたすら南下して宇治川を渡り,京阪国道のバイパス(国1,工事中)に当ります。そしてその先にあるのが,「巨椋池IC」(京滋バイパス)。

 先日京大での用事が遅くなり,京大を出発したのは夜1時過ぎ。いつものように上の順路で高速に向かったのですが,「どうせ高速」「入れば同じ」,何となくいつもと違うルートへと進みました。
 油小路通は交通量少ない割にやたら信号が多く,かつスタンドが全て閉店(南方向),「インター近くか?」とは思えないくらいの暗さ(事実このルートから高速へ入った車は皆無)。そして件の「巨椋池」付近,結局は真っ暗で全く見えず,インターも単に暗黒の中(その中で京滋バイパスだけが目立つ)。要するに,「広大な田」(と部分的に家屋)でした。
 調べてみると巨椋池,もちろん「古文の時代」以降も存在し続けていたのですが,近世以降干拓と自然堆積が進み,1941(昭和16)年に完全に埋め立てられてしまったとのこと。湖自体は消滅しても,名として現在まで生きている,ということでした。

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July 20, 2006

マイクロ

 18日(火)の研究会に参加するため,17日~19日の間,京都に行ってました。共同研究班参加者は,施設内にある宿泊所を利用できるので,これまで何度か利用してきましたが,今回はついでに資料収集するため,1泊多く宿泊することとしました。
 20日は京都大学に移動し,終日マイクロフィルムの新聞資料を眺めていました。ご覧なったことのある方ならお分かりでしょうが,新聞のような小さな活字のものを長時間マイクロで眺めていると,目に疲労が集中します。一コマづつ記事を追いながらも,見出しだけでは判断できないものも多いため,幾度となくフィルムを止めて,食い入るように読み,必要なところは複写(1枚あたり10~15秒かかる),必要なければ飛ばしていく。ひたすらそれの繰り返しです。
 今回は『釜山日報』と『大阪朝日新聞朝鮮版』を主に見てきました。特に前者は今回始めて見るもので,内容も釜山府や慶尚南道など地方に限定された記事が多く,非常に興味深いものでした。ところで,これらを眺めながら今回気付いたのが,「コマの移動方向」によって疲労度は違う」ということ。

 『京城日報』はフィルムの進行方向を上に,新聞の一面が立てに並んでいます。なので,画面上ではコマは下から上へと流れていきます。これに対し『釜山日報』と『大阪朝日』は,進行方向を右に横に焼き付かれています。したがって画面では,左から右へとコマが進んで行くこととなります。
 この違いは・・,よく分かりません。私の知人の方は,「(『釜山日報』の場合は)フィルム代を抑えるために横にした」といっていました。確かにフィルムに対して横に撮影するため,被写体のコマは小さくなり,全体としてフィルムを短くすることができます(「新聞の縦辺×コマ数」か「横辺×コマ数」かの違い)。

 後者(左→右に流れる場合)は,確かに撮影された画像が小さいため,閲覧時には拡大せねばなりません。結果として画面から切れてしまう部分が生じるため,複写がややこしくなるという欠点があります。前者のように縦連続であれば,仮に一部(通常は上半分となる)を映していても,コマを進める際に自動的に残りの部分(下半分)が画面に現れるので,画像の大きさを調節スル必要はありません。それに対して後者の場合,フィルムの左半分(新聞の一面は通常,下側に広告,上側に記事があるので,拡大する場合は自ずと記事側=フィルムの左側となる)を中心に映し出すこととなりますが,たまに全面記事で下方にも記事が掲載されている場合もあり,注意しなければなりません。その点,このスタイルは見づらいといえるでしょう。

 ところが左右に流れる画像を見ることは,上下の場合に比べると,疲労度が少ないようです。考えてみると人間の目玉(視線)は,上下に動かすことよりも,左右に動かすことの方が容易なのではないでしょうか。何気にこの2つを比べてみると,視界のぶれや眼球を動かす筋肉の運動量など,どうも違いがあるようです。結果として,上→下より左→右の方が負担が少ないのかもしれません。
 マイクロは複写(と保存)は楽なのですが,閲覧は大変です・・。いずれ画面上の文字を検索する機械が登場することを,望んでいます・・。

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July 14, 2006

口号(구호)

 「口号」(구호)とは「スローガン」の意。よく辞書を見ると無条件で「슬로건」(スローガン)とか,あるいは「표어」〔標語〕と掲載されていますが,特にプロパガンタ的な語句,これら2つよりも冒頭の「口号」の方がより正解な表現です。
 日本では,日常生活(風景)の中に極めて多くのスローガンが存在しています。日頃は単に気にしていないだけで,少し注意深く見ている,交通安全や選挙,その他もろもろ語呂を合わせつつ,不思議な語句が道路沿いに建っています。
 植民地支配の影響かどうかは定かでありませんが,韓国にも様々なスローガンが乱立しています。これらを眺めていると結構面白く,飽きません(個人的に「ツボ」にハマっている)。撮影をしていなかったのが悔やまれるのですが,これまでの中で最高のモノが,2002年のワールドカップ直後にソウルの市内バスに登場した「교통질서 4강」〔交通秩序4強〕・・。
 あとは,特に「戦争記念館」付近で眺めた,街路樹の根本付近を守る鉄製カバーの言葉,「나라사랑 나무사랑」(ナラサラン/ナムサラン)。韻を踏んだこの表現,そのままでは非常に訳しにくい語句です。意味は「愛国」と「自然保護」のようなものですが,対句として見れば「国を愛す/木を愛す」(ただし原文は「文章」ではなく,単に名詞が並列しているだけ)といったところでしょうか。

 下の写真は,鉄原(江原道)での一枚。これまたよく見かける類のモノですが,日本人にとっては馴染みの薄いものでしょう。やはり微妙に韻を踏んでいます。

 「申告する愛国精神/和合する〔=「仲のよい」の意〕民主市民/間諜(スパイ)申告は113 112/鉄原警察署」
↓2001年9月
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July 05, 2006

ミサイル

 この2週間ほど,抱えた仕事が多忙で全く手付かず状態でした・・。
 今日の早朝,いつものように目が覚めて(どれだけ遅く寝ても,朝6時半~7時半の間には必ず目が覚める)テレビをつけると,画面にはいきなり安部官房長官。「?」と思いつつ聞いていた彼の「発表」で,今回の「ミサイル発射」を知ることとなりました。 そして昼のニュース(とまた官房長官の「発表」)で,朝の「発表」の後にも北は3発続けて発射していたことが判明。それに対し日本が,ある意味で「予想外」ともいえるほどの「強硬」的措置を決定したことは,既に知られていることです。
 まず言っておきますが,日本国内の情報は基本的に全て北に伝わっています。北の態度に対する日本側,政府内のみならず一般の関係当事者(例えば拉致被害者)の行動や言動,活動なども,当然のことながら全て「筒抜け」となっています。伝達手段は,放送内容の傍受や,情報提供者(いわゆる「スパイ」というモノ,朝鮮語では「間諜(간첩)」)を直接・間接的に通じ,当局へ「報告」されています。
 北の行動は国際世論の批判を尻目に聞く耳持たず,一見「唯我独尊(独走?)」状態にあるかのようです。「独走」であることは確かなことですが,ただ「(自らの行動・言動に対する関係他国の)反応をも無視」かというと,そうではありません。むしろ彼らは,相手側の情報を細かく分析し,その反応までもを十分に予知しています。彼らの戦略は「相手に揺さぶりをかけ,自らの存在感をアピールする」,この一言に尽きます。突飛な喩えですが,「ストーカー」を連想すれば分かりやすいでしょう(もちろん彼らの方がはるかに「高い」政治性を兼ね備えていますが)。たまにテレビの解説者で,「非常識な行動ばかりとっていて,彼らの行動は理解できない」と述べる方を多々見かけますが,それは「彼らが何たるか」を理解していないからに過ぎません(ハッキリ言っておきますが,少なくとも外交上の「戦略」においては,あの国は思ったほど「バカ」ではありません)。
 「非常識」であることは彼らにも当然分かっており,しかし「手段」よりも「目的」を優先しているがゆえに,あのような「現象」が現れるということです。その証左の一つが,このような「制裁」に対し,北はまずはしばらくは「沈黙」を守ります。日本側の反応を分析した上で,その「対抗策」(北の)に対して,更に日本側がいかなる対抗策を採りうるかを検討した上で,強烈なほどの「見解」を示すでしょう。
 現在考えられるのは,「(着弾点は)日本に近くなかった」「吾々の自主防衛のための当然の権利行使に対し制裁を執ることは,吾々に対する「宣戦布告」に値すべき挑発行為だ」などと称した後,「共和国に対するアメリカ・日本両帝国主義の蛮行は断じて許されない」というような「表明」(苦笑)。もちろん日本側は単に今回の「発射事件」に限定するのではなく,これまでの他の要素(六者会議復帰,98年の発射,核疑惑,拉致等々と,それに対する日本国内の「感情」)との関係を踏まえた上での判断なので,ある意味で妥当でしょう(入港禁止の「有限」,渡航・再入国などの「原則」条項は,今後の進展如何により措置強化もしくは打開可の余地を残しているものといえる)。
 ただ気になるのは,ロシア側の反応です。仮にあれが「実験」だとして,ロシア側にも事前通告をしていない模様なので,着弾店に最も近いロシアがどう捉えているかが重要でしょう。「日本海」とはいえ実際には日本領からかなり離れているので,発射の目的如何を問わず,結果的に着弾した地域の他の当事者側の見解によっては,今後の展開は流動的となる可能性も否めません。

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