補講
今日は「補講」の仕事があったので,土曜であるにも関わらず朝8時から夕方4時まで大学にいました。とはいえ,私が「補講」を受けるのでもなく,また教えるのでもなく,「業務補助」(有給)で教室に留まり,授業の準備や片付け,その他雑用をするというものです。
本年度の入学生は,いわゆる「ゆとり教育」の「犠牲者」で,本来ならば大学教養課程で要求されるべき「最低限の学力」に対して,著しい偏りのある教育を「受けさせられてしまった人たち」です。休みの設定や選択科目のあり方,挙句の果ては「訳分からんカリキュラム」によって,この理系的知識の極めて乏しい私すら履修した科目さえも勉強できなかった,というものです。
具体的に。
私の参加した科目は「生物」です。対象は「高校の時に生物を履修しなかった学生(もしくは生物に自信のない学生)」,そのため,この補講で扱うのは「高校生物」(=大学課程での「生物学」ではない)ということです。時間は6コマ(90分×6)で,他の科目との関係から2日間。しかしこの時間内に「高校生物」を全て扱うのは不可能です。そのためここでは,特に「細胞」を中心に授業が進められました。で,参加した学生は「薬学部」「歯学部」「生物生産学部」・・。もちろん全員ではありません(希望者のみ)ですが,全て「理系」の学部・・。
ここには残念ながら,いろんな矛盾が存在しています。
本来ならば「生物」に関する知識を要する学部(注)なのに,(1)「生物」を履修していない学生を「受け入れ」た(=大学側),(2)「生物」が関わり得ると想定可能であるにも関わらずそこに志望・入学した(=学生側)・・,もちろん「「化学」「物理」選択でも可」とされていますし,現に以前からそういう学生もいるので,一概に本年度だけを批判することはできません。しかし,本来なら「生物」と関係ありそうな学部なのに,その基礎を学んでいないというのは,やはり何がしかの「抵抗感」を抱かずにはいられません。
しかし何よりも,実際に教育を受けている本人たちは,自らの置かれている状況を知り得ません。学校のカリキュラムに従って学んできただけです。つまり,「教育」での問題は子どもたち(と教育の現場)にシワ寄せが行くだけであり,「教育」を決める側のツケは「下」に負わされていく,ということです。 「教育」に携わる側の「功罪」は実は予想以上に大きい影響を持つということを,当事者(特に文科省)は肝に銘じておかねばなりません。












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